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ソビエト連邦


そびえとれんぽう

1923年社会主義共和国連邦が成立、ハンドボール(11人制)の全国組織は28年に確立された。その年に始められた20競技による「スパルタキアード」に合わせての発足と思われる。30年代に入ってもモスクワ、クラスノダールなど主要地方で11人制、7人制が併行したが、国際的な活動はほとんど伝えられていない。国際アマチュアハンドボール連盟(28年設立)へも加盟せず、戦後も56年の第1回ソ連ゲームズ(21競技)まではヴエールに包まれていたに等しい。
58年ようやく国際ハンドボール連盟のメンバーとなり、世界の舞台へゆっくりと室内(7人制)競技一本で登場してきた。陸・空軍のスポーツクラブを中心に各競技合わせて100を越す頂点強化拠点が設けられ、ハンドボールは男子がモスクワ周辺、女子がキエフとされた。ロストフ地区を中心にした10~17才のユースプログラムは世界制覇の夢を乗せたもので話題を集めた。67年第6回世界選手権での4位進出が狼火(のろし)となり、そのあとは一気に世界の最上位へ定着、90年までに男子がオリンピック2回、世界選手権1回、女子がオリンピック2回、世界選手権3回(82~90年の3連覇)の優勝を飾った。
91年、15共和国がそれぞれ独立という歴史的な事態となり、ソ連協会の歴史はロシア協会が引き継いだ。92年バルセロナ・オリンピックは「独立国家共同体」(EUN)として参加、男子は優勝、女子は3位だった。ソ連時代の87年女子代表が来日している。本格的な国内リーグ(男女室内)のスタートは56年。