全日本高等学校選手権
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ぜんにほんこうとうがっこうせんしゅけん
50年に始まった国内最大の大会。「インター・ハイスクール」(インターハイ)の通称で高校生愛好者の目標となり、球界の基盤を支えている。当初は各都道府県予選は行なわれたものの複数代表が認められたが、普及が進むにつれ適正規模が求められ、78年から男、女各48校と参加数を固定、予選会の激しさを増した。
57年から女子が、63年から男子が7人制となり、73年男女の全都道府県代表が揃った。61年から文部省(当時)が後援、63年から高校スポーツを“集結”させる「全国高等学校総合体育大会」の1競技となった。原則として毎年夏休みに開かれる。全試合の室内開催は74年北九州市での第25回大会。
この大会を目指す高校チーム(男女計)は50年が34都道府県383校(=スポーツイベント資料)、47都道府県揃ってのピークは93年の2563校(=日本ハンドボール協会資料)、06年は2051校(=同)。