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日本のハンドボール③~活況への試練~


にほんのはんどぼーるさん かっきょうへのしれん

1981年3月、日本ハンドボール協会の財団法人化が成り新たな発展期を約束させたが88年ソウルオリンピックを目指す韓国や中国、中東勢の台頭が著しく、国際競争の波にもまれ始める。男子82年、女子90年のアジア大会の実施が刺激となっている。
一方、世界の流れは、コマーシャリズムを加速させ、91年の東西冷戦の終結で、ヨーロッパハンドボール界の様相が激変する。97年、日本ハンドボール協会は、国際ハンドボール界の最高峰・男子世界選手権を熊本へ招致することに成功、驚異的な盛況を呈したが、ハンドボール界の飛躍にはつながらなかった。男子は88年、女子は76年を最後にオリンピックへの道を絶たれたままで過ぎている。さらに高校依存度の高い愛好者人口が少子化で下降線を描き、トップレベルを支えた企業チームの活動縮小も深刻な影を濃くしている。03年6月に打ち出した日本ハンドボール協会構造改革計画「Project21」の結実へハンドボール界の挙国的なエネルギーの集結が強く望まれ、2020年の東京オリンピック開催はこれ以上ない目標となる。